2021.4.16
結核をもっと知りましょう
以下は、平成12年10月12日に青葉区保健所が主催する“2000”福祉保健まつりのイベントの一貫として当院院長が行った結核講演会をもとにしています。
1.結核患者の動向とその背景
結核は過去の病気じゃない!
(1) 結核患者は増えているってホント? ・・・Yes
減少を続けていた結核罹患率が平成9年(1997年)43年ぶりに上昇しました。その後も3年連続して増加し、しかも加速しています(平成11年で人口10万対38.1)。各年齢とも1980年頃から罹患率減少のスピードが遅くなり、1996年以降70歳以上の年齢層では上昇しています。これに先だって、塗抹陽性肺結核(喀痰を抗酸菌染色すると菌が見える肺結核)の罹患率は1980年頃から上昇しています。これらは、80歳、90歳という超高齢者での結核罹患率、塗抹陽性肺結核罹患率上昇を反映しています。
(2) 世界との比較はどうなの? ・・・先進国の中では日本は結核の多い国
日本の結核罹患率は先進国の中では高く、格差はさらに拡大しました(1999年で日本38.1、1998年でオーストラリア4.9、スウェーデン5.0、アメリカ6.6、イタリア10.0、ドイツ12.7)。結核死亡率は戦後順調に減少し続けていますが、欧米諸国と比べるとまだ高く、年間3000人近くの人が結核で亡くなっています。
日本では、人口の集中している大都市での結核罹患率が高く、そこでは発展途上国の結核罹患率と差がありません。
(3) 集団感染も続出しているってホント? ・・・Yes
学校、病院、老人施設など、どの集団でも数が増加しており、最近は事業所の占める割合が大きくなっています。
(4) では、なぜ結核が増えたの?
人口の高齢化
70歳以上の人は戦中、戦後の結核蔓延時期を生き延びて既に感染している割合が高い。この高齢者からの発病が最も多い。
結核に免疫がない中年、若年者の割合が増えた
この世代の人は、BCGを受けているから大丈夫とは言えません。BCGの結核予防効果はせいぜい十年から十数年しかありません。BCGは小児の粟粒結核、髄膜炎、胸膜炎などの一次結核予防には効果がありますが、成人の二次結核予防効果は高くありません。アメリカなど国によっては、BCGの効果を認めていないところもあります。
「結核弱者」での発生増加
糖尿病や悪性腫瘍など免疫力を落とす疾患の増加。健康管理の機会に恵まれない社会経済的弱者での集中発生。
大都市の特定地域にみられる住所不定者などの社会経済的弱者は、一般に比べ非常に高い結核罹患率をもっていますが、さらに治療成績もかなり悪いと言えます。結核治療成功率は全国的には80%ですが、これらの人達では60%未満です。治療中の死亡率の高さ、治療脱落の多さが目立ちます。
検診発見例ほど塗抹陽性率が低い、つまり軽症で見つかることが多く、逆に検診の機会がない職種ほど診断時に重症になっている場合が多いといえます。
国民の結核への関心が薄れた
結核は過去の病気と思っている。若い世代で結核の知識がない。検診を怠ったり、症状があっても受診が遅れる。
2.こんな症状があったら要注意
実は、結核のみに現れて他の疾病には見られない、「これぞ結核だ!」という症状はありません。結核の初期症状でよくみられるのは、咳、痰、発熱、倦怠感、胸痛などです。
このような症状が
2週間以上だらだら続く場合は、結核も疑って早めに医療機関を受診しましょう。
高齢者では、咳が目立たず、食欲不振や体重減少が主症状のことも多いので注意しましょう。
次のような方々は、積極的に定期検診を受けましょう。
1) 結核罹患率の高い高齢者
2) 過去の胸部X線検査で、古い結核の影があるといわれたことがある人
3) 発見が遅れた場合に集団感染が心配な職業の人(教職員や医療従事者など)
4) 接客業や小規模事業所の従業員
5) 社会福祉施設などの入所者および職員
3.結核に感染したらみんな発病するの? ・・・No
(1) 結核菌はどこから来るの?
結核菌は、結核に罹って菌が増殖している人の咳やくしゃみのしぶきの中にいます。 しぶきの水分は急速に失われ、菌はほとんど裸の状態になって飛沫核となり、空気中を長時間漂います。この飛沫核を吸い込むと一部の菌は気管支の末端にある肺胞に到達して、そこで定着し感染が成立します。
(2) 結核菌を吸い込んだらどうなるの?
☆ 初期変化群:
未感染者の肺胞に結核菌が到達すると、ここに先ず、初感染巣ができます。次いで肺門リンパ腺に病変が及び、この両方をまとめて初期変化群と呼びます。さらに菌はリンパ管から静脈に入り、血流に乗って全身へ運ばれます。
大部分の人は免疫が成立し、この段階で菌を抑えて発病には至りません。
☆ 一次結核症:
初感染巣から引き続き病変が進展する場合を言います。結核に免疫を持たない乳幼児や免疫の弱っている人に見られます。早期播種(粟粒結核)や胸膜炎、リンパ節結核などがあります。
☆ 二次結核症:
初感染巣が治まって、かなりの時間(数ヶ月から30年以上)が経って発症するもので、一番多く目にするのがこのタイプです。大部分は肺結核ですが、骨カリエスや腎結核などの肺外結核もあります。
初感染後に一部の結核菌は、治癒したかに見える病巣内で、増殖もせず、エネルギー代謝も停止した状態(パーシスター:persisterと言います)で、免疫からも逃れじっと潜んでいます。ミイラみたいな奴ですが死んでません。これが復活するのです!いやらしいですね。
(3) 結核に「感染した」と結核を「発病した」はどう違うの?
結核に「感染した」というのは、菌がその人の体の中に定着し、免疫反応を起こさせるに至った状態を指します。
「感染した」だけなら免疫で菌の増殖を抑えており、周囲の人にうつす(感染させる)心配はありません。
それに対し、結核を「発病した」というのは、体の中で菌が増殖している状態です。肺結核の人なら周囲の人に感染させる恐れがあります。肺以外の結核の人は、「発病」しても飛沫を出さないので周りの人にうつす心配はありません。
(4) 結核に「感染した」ってどうやって解るの?
BCG接種(結核の予防接種)を受けていない人の場合は、ツベルクリン反応で発赤の長径が10mm以上なら感染したと判断します。
BCG接種、あるいは結核菌以外の抗酸菌(非定型抗菌酸)の感染との区別は、特別の場合以外は不可能です。我が国ではBCG接種が普及しているので判断はとても難しく、ツベルクリン反応だけでなく、排菌している患者さんとどれだけ接していたかなどの情報も加え総合的に判断します。
(5) 結核に感染した人の中で発病する人の割合はどれぐらい?
おおよそ10人に1人です。残りの人は発病しません。
(6) 感染してから発病するまでどれくらいの期間なの?
発病の約60%が、感染後1年以内におこります。その後は発病率が急速に下がりますが、30年経っても発病することがあります。
現在、わが国の結核発病者の半数以上が60歳以上の高齢者ですが、この人達の大部分が感染後10年以上を経て発病したものです。
(7) 結核を発病してもほっといたらみな死んじゃうの?
有効な化学療法がなかった時代でも治った人はいますし、人類はちゃんと生き延びていますのでそんなことはありません。しかし、あるインドでの報告によりますと、肺結核患者さんを何もしないで見ていると、5年間で5割の人は死亡、3割の人は排菌が止まり、2割の人は慢性の持続性の排状態だったとのことです。やはり結核は怖い。
4.結核の治療方法
(1) 治療の目標と原則
絶対途中で勝手に薬をやめない!
結核治療の目標は、単に菌を減らすだけやレントゲン写真または病巣組織の見た目の治癒ではありません。
病巣内の菌を完全に死滅させることです。それは、人の免疫力は対結核戦では不完全だからです。菌を完全に排除しきれないのです。そのためいつか厄介な再燃に苦しめられる人が出てきます。従って原則として初めから最強と考えられる薬を組み合わせた多剤併用療法を6から9ヶ月間行います。
■治療に時間がかかる理由
a.結核菌を体の中から死滅させるため。・・・菌を減らすだけじゃだめ!人の免疫力だけじゃ充分じゃない。菌が再び盛り返して来た時は、既に薬の効かない耐性菌になっているかもしれない!
b.結核菌は分裂増殖速度が遅い。・・・薬は分裂している時に効きやすいが、結核菌は15時間~2日に一回のらりくらりのんびり分裂する。
■多剤併用する理由
a.薬の効かない耐性菌を減らすため。
b.強力にして早く菌数を減らすため。・・・治療初期には菌量が多く、それらは活動性を変えたり病巣内で異なった環境にいたりする。薬によって作用の仕方や効きやすい環境が異なるので、組み合わせることで早く多くの菌を殺せる。
<結核でよく使われる薬剤>
・INH(イソニコチン酸ヒドラジド):
最も抗菌力が強い。結核菌の細胞壁合成阻害。活発に分裂している菌に殺菌的に作用。細胞内寄生菌にも有効。
・RFP(リファンピシン): 菌の核酸(RNA)の合成阻害。細胞内外の両方の菌に殺菌的。
代謝の著しく落ちている持続生残菌(パーシスター:persister)も殺せる!滅菌的薬剤。
・PZA(ピラジナミド): 酸性の環境下で殺菌的効果。治療初期2ヶ月間に最も効果的。細胞内の菌も良く殺す。滅菌的薬剤。
・EB(エタンブトール): 結核菌の細胞壁を合成する酵素を阻害する。菌の増殖を抑える静菌的薬剤。
・SM(ストレプトマイシン): 蛋白合成阻害。アルカリ性の環境で効果発揮。細胞内への移行は悪い。殺菌的。
(2) 初回標準治療法
できるだけINH、RFP、EB(またはSM)、PZAの4剤併用で6ヶ月で終了します。この方法ですと、早く菌の陰性化(排菌がなくなる)が得られますし、治療期間も短くて済みます。再発率は5年間で約2%で、従来の9ヶ月かかっていた治療法と比べても遜色ありません。一般に、強力な化学療法を行えば、約2週間で菌は弱まり、たとえ排菌していても感染性は失われています。約2ヶ月すると排菌そのものも止まります。
(3) 治療失敗の最大原因は何でしょう?
途中で薬を止めてしまうことです。症状が良くなってもレントゲン写真が改善しても途中経過ではまだ菌は体の中にいます。結核菌は、人間が考えるほどやわではありません。しぶとく手強いのです。少数でも生き残った菌が再増殖してきた時には、耐性菌になっている可能性があります。最も強力な抗結核薬であるはずのINHとRFPに耐性の多剤耐性菌では、もはや確立された治療法がなく、治療は難渋します。初回治療の時より多くの種類の薬をさらに長期間服用しなければならず、それでも治らないかもしれません。外科的に病巣を切除せざるを得ない場合もありますが、結核が進み肺機能が落ちていれば大変です。
いずれにしても治療中断のつけは大きいのです。
(4) 治療完了率を上げるにはどうするの?
先ずは、啓蒙です。皆がもっと結核に関心を持って正しい知識を得ることです。
米国では、治療脱落を防ぐため、医療従事者が訪問指導などをして、目の前で患者さんが薬を飲むのを確認する方法
(直接監視下短期化学療法=DOTS:Directly Observed Treatment, Short-course)を摂り入れ成果をあげています。世界保健機関(WHO)も結核対策の中核としてDOTS戦略を推し進めています。
わが国では、従来の結核予防法35条に基づいた入院治療は一種のDOTSですが、入院しない人や自己退院する人の治療には限界があります。そこで、結核罹患率、治療中断率が高い大阪市あいりん地域、横浜市中区、東京都新宿区でDOTSが開始されました。