2024.5.28
悩ましき肺炎球菌ワクチンよ
肺炎球菌ワクチンのことを患者さんから相談された時、正直言ってどう答えるのが良いか、勧めるべきか勧めざるべきか、調べれば調べるほど大変迷うのです。私(当院院長)の苦渋の結論は最後に述べてあります。ところで、一時テレビや新聞などの報道がきっかけでこのワクチンのブームが起こりましたが、すぐ加熱ぶりも冷めてしまったようですね。
さて、これから本題。
肺炎は日本人の死因でがん、心疾患、脳血管疾患に次いで
第4位であり、その
9割が高齢者です。市中肺炎(病院の外でなる肺炎)の中で原因が判明している第1位が
肺炎球菌によるもので約40%を占めます。この菌は、ヒトの鼻や喉の粘膜に定着してそこの常在菌群の一つになり易く、そのため特に小児では中耳炎、副鼻腔炎などの上気道感染症も起こします。高齢者での鼻咽腔の保菌率は10~20%との報告があります。
肺炎球菌肺炎になると菌が容易に血液に入りって全身を回る
菌血症を起こし、中にはそのまま敗血症性ショックに進んだり、菌が血液から脳脊髄液腔へ侵入して化膿性髄膜炎となって死亡率を高めます。高齢者の肺炎球菌肺炎では
10~15%にこの怖い菌血症が見られます。
かつて同菌はペニシリンをはじめ多くの抗生剤が効きましたが、
近年多系統の抗生剤に抵抗する耐性菌が増加して治療を難しくしています。
そこで
肺炎球菌ワクチン の登場です。現在日本では23価の肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン(商品名ニューモバックスで米国から輸入)が使われています。肺炎球菌は自身の周りに莢膜という殻をまとって、病原性を発揮したり、防衛細胞である白血球からの攻撃に抵抗したりします。免疫的に莢膜の血清型が84種類あって、そのうちの23種類がワクチンに混合されているのです。これで、実際の肺炎を起こす肺炎球菌の約8割をカバーできます。1度打つと5年以上同菌に対する血中抗体価が保たれると言います。これは期待できそうですね!
ところが、肝心の効果についていろいろ調べて見ますと、
高齢者の肺炎球菌肺炎の中で菌血症を伴わないタイプのものの予防効果はあまり明確とは言えません。世界でいろいろな種類の研究が行われましたが、一番効いて欲しい高齢者や呼吸器系に疾患があるなど一度肺炎になると重症化し易い人への肺炎予防効果について、有効性を示した研究、示せなかった研究どちらもあります。今はやりの evidence-based medicine(科学的根拠に基づいた医療)の点からは、有効性を示したものでも患者さんの数が少ないなど試験のデザインの問題もあって、あまり強い根拠がないようです。また、鼻咽腔に定着した同菌の減少効果も認められていません。小児の急性中耳炎予防効果についても然りです。しかし、ここで誤解がないように言いますと、「予防効果が無い」と明言できる程の確実な根拠もないのです。統計学的に強力な根拠が得られなかったら即ち「無効だ」とはなりません。前述しました通り10~15%の少数とは言え、
同菌肺炎による恐ろしい菌血症については高齢者で予防効果が示されています 。スウェーデンで行われたインフルエンザワクチンとの併用試験では、肺炎球菌肺炎を含む肺炎の入院率と65歳以上の方の死亡者数が有意に減少しました。また、比較的若年者の場合ですが、重症の慢性閉塞性肺疾患(肺気腫症などいわゆるタバコ肺のことで英語の頭文字を取ってCOPDとも言う)の同菌肺炎予防効果が報告されています。以上、肺炎予防効果については賛否両論ありますが、
少なくとも良いことはあっても悪さはしていないと思われます 。今後日本にも、現在使われているワクチンより免疫能力を高めた7価莢膜多糖体抗原と病原性のないジフテリア蛋白を結合させた蛋白結合型(conjugate)ワクチンが導入されれば、さらに肺炎予防効果が期待されます。
副作用については、現在使われている23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチンについて見ますと軽微なものがほとんどで、軽い痛み、腫脹、発赤がある程度です。安全性が高いワクチンと言えます。
問題は、値段が¥6,000~10,000と少し高い点(自治体によっては助成が出ます)と日本では生涯1回しか接種が認められていない点です。2回接種の安全性が、まだ日本では確認されていないからだそうです。全く同じワクチンでありながら、米国では65歳になった時に、1回目の接種から5年以上経っていれば再接種が認められています。また、脾臓を摘出された人や免疫不全のある人には5年毎の接種を勧めています。日本人の平均寿命が延びた現在、5年以上すれば血中抗体価が下がるワクチンの接種が1回のみではカバーできる年月が充分とは言えません。少なくとも2回接種を認めてほしいところです(私自身は8年間隔で2回自分に打ってみましたが、2回目の腫れが少し大きかった程度で後は何でもありませんでした)。
結論として、あまり歯切れが良いとは言えませんが、
高齢者やタバコ肺(COPD)の方は肺炎球菌ワクチンを接種するほうが良さそうだ、いや、するのが良いであろうと考えます。少なくとも悪いことはないでしょうと思います 。