2024.10.13
成人の喘息はいつまで治療するのでしょうか?
今の治療でここのとこ全然発作が無いし、治ってるんじゃないですか。いつまで治療続けるんでしょうか?」よくある質問の1つです。
本当のところは、個々の患者さん毎にその将来も見通した正解を答えられる専門家はいないでしょう。まあ、はったりと勢いで押し切るのは別ですが、厳密にはまだまだ解らないことが多いのです。
そもそも気管支喘息が治る病気なのかよく分っていません。確かに治療を中止できて、その後注意深く経過を診ていても全く喘息症状が2年以上も起きず、一見治ったと思われる患者さんはいらっしゃいます。しかし、そのような患者さんの中でも何かのきっかけで再び喘息発作を起こす方がいるのです。たまたま発作のない状態が長く続いていただけなのかもしれません。こういう状態を「治癒」とは呼ばず「
寛解」と言います。小児は成人よりずっと寛解する率が高く、その割合はさまざまな疫学調査から20から 50%とされています。その
小児期に寛解した患者さんでさえ、約1/2の方が成人になって再発しています。これは何故でしょう。「症状から見た寛解」に達した人でも、さらに詳しく掘り下げて調べてみると結構正常ではないことが解ってきました。
喘息の患者さんは、普通の人なら咳や発作を起さないような刺激、例えば冷たい空気、花火や線香などの煙の吸入、急激な運動などに反応して気管支が収縮してしまう性質を持っています。これを
気道過敏性と言います。
長期の治療が成功して治ったと思われる人でもかなりの方で気道過敏性が正常にはなっていません 。
喘息の病態の中心は
アレルギー反応に係わる細胞が起こす一種の慢性的な気管支の炎症 です。この炎症の程度はいろいろな方法で調べることができます。例えば濃い塩水の霧を吸入させて痰を誘発して採取します。その中のさまざまな細胞の中でアレルギー性炎症に係わる好酸球という白血球の仲間の割合を調べます。また、吐き出した息の中の一酸化窒素の濃度(呼気NO濃度)を測定したりします。
小児期にあった喘息がもう治ったと思われる成人の方でもこれら炎症の指標である痰の中の好酸球数や呼気NO濃度は健康な人より高いことが多い のです。
さらに気管支の壁の中を見てみましょう。アレルギー性の炎症が長く続くほど気管支を取り巻く筋肉である平滑筋の肥厚、粘膜下の線維化、痰を作る粘液細胞や気管支腺の増加など気管支壁の構造が変化します。これを
気道のリモデリング と言います。リモデリングができ上がると気道過敏性はさらに亢進し、気管支壁の半永久的な収縮状態が続くようになります。これらの構造的変化は喘息の重症化・難治化の要因にもなります。
吸入ステロイドを中心とした適切な治療によってある程度の構造的変化は改善しますが、平滑筋の肥厚については有効性を証明した研究は未だなく、完全には元には戻らないようです。
以上のように一見治ったように見える喘息患者さんでも
気道過敏性の亢進、気道炎症の持続、気道のリモデリングという病態が潜在的にある ので、深い意味での寛解に達するのは難しいのです。そのために多くの方は治療を一時中断できていてもさまざまな刺激、例えば気道感染、激しい運動、ストレス、多量のアレルゲン(アレルギーを起こす元)の吸入等が加われば再び喘息症状を起こしています。
次に、治療面から考えてみましょう。喘息が充分コントロールされている場合、吸入ステロイドを含めた長期に使う予防薬の減量方法についてはいくつかの研究があります。しかし、
中止については明快な根拠となる研究がありません。世界の喘息専門家が膨大な研究論文を詳細に調べた上で討論を重ね、科学的根拠に基づいた予防と治療に関する国際指針(Global Initiative for Asthma 2006、略してGINA2006) というガイドラインを作りました。その中に喘息の長期管理薬の中止についての記載があります。そこでは、「
最低用量の長期管理薬(ここでは吸入ステロイドのことです)でコントロールが持続し、1年にわたり症状が再発しない場合は、長期管理薬を中止してもよい(エビデンスD)。」となっています。ここで言うエビデンスDとは、しっかりした根拠となる研究が無いけれども専門家が臨床経験や知識を持ち寄って話し合いで決めたというものです。根拠の確かさのレベルからするとAからDの4段階中最も低いDです。従って、治療を中止しても長期的に見て本当に良いのか、現在のところよく解っていません。
以上、
①深い意味での喘息寛解が得がたいこと、②長期管理の中止方法が未確立という理由から、長期管理の治療薬、とりわけ吸入ステロイドの中止については慎重に行わなければならないと思います。
軽い症状が一月に2、3回以下の人や1年の中である決まった季節だけ症状が出る人の場合は、悪化している一定期間だけ対処して、1年中長期管理薬を使用する必要はないでしょう。それ以外の、週1回以上症状が出る方については、たとえ今の治療で充分良くなったとしても自己判断で中止せず、主治医の先生とよく相談しながら決めて行って下さい。