2023.2.14
肺炎マイコプラズマの話
肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)は、急性の呼吸器感染症を起こす微生物です。
サイズは大型のウイルスと同じ位小さいのですが、ウイルスと違って細胞内に寄生せずに自力で増殖できて、しかも細菌のような細胞壁を持たないという、細菌とウイルスの中間的な変わり者です。咽頭炎、鼻炎などの上気道炎、気管支炎、肺炎と空気の通り道の上から下まで侵します。
一番多いのは、感染者の約75%を占める急性気管支炎です。感染の仕方は、患者さんの咳やくしゃみの飛沫を吸い込む飛沫感染です。侵入して来たマイコプラズマは、気道の上皮細胞に付着し、細胞の中には入らず、その表面で増殖します。ある程度のマイコプラズマ粒子数がないと感染しないので、家族、寮、学校のような濃厚な接触をする閉鎖集団の中で小流行します。かつては4年毎の世界的流行があり、それがオリンピックの開催年と一致していたため「オリンピック病」と呼ばれていましたが、1990年ごろからこの流行パターンが崩れてきています。一年を通して発生し、中でも秋から冬にかけて増加します。
どの年齢でも罹りますが、
5歳から35歳位までの学童から若年成人に最も多く見られます。実は、血清中のマイコプラズマ抗体を調べて見ますと、1歳まで40%、5歳までに65%の子供が感染を受けているとのことです。なぜか5歳未満では、単なる「風邪」程度で済んでしまう事が多いようです。
発症は、1~4週間の潜伏期の後、倦怠感、頭痛、発熱などで始まり、間もなく咳、咽頭痛、鼻水、声枯れなどが続きます。発熱は1~4日程の一過性のこともあります。大抵の患者さんに見られ、しかも38℃以上の高熱になる人が多いのですが、例外もあって、年長児や成人では熱が出ない事もあります。
咳は長引く激しいものです。夜間に増悪するため睡眠の妨げや、肋骨骨折を起こす程です。痰は、初めはあまり出ませんが、長くなると粘っこい痰や黄色い痰が出てきます。この長引く咳については、肺炎クラミジアの呼吸器感染症に良く似ています。喉の痛み、鼻水、鼻づまりなどの上気道炎症状は20~30%に見られる程度で、あまり多くありません。
肺炎は、マイコプラズマ感染者全体の約5%に生じます。病院外で起こるいわゆる市中肺炎の中では15~20%を占め、肺炎球菌、インフルエンザ菌(インフルエンザウイルスではありません)に次いで第3位です。一般の細菌性肺炎のような高齢者ではなく、
前述したように若い人に多い肺炎で、比較的重篤感が無く、肺炎にしては元気な患者さんが多いのも特徴です。その他、髄膜炎、運動麻痺を起こす末梢神経障害(ギランバレー症候群)、胸膜炎、心筋炎、溶血性貧血、鼓膜炎、多形紅斑などの皮疹、一過性の肝障害など気管支・肺以外のさまざまな合併症を伴う事があります。マイコプラズマ自身は細胞の障害作用がほとんど無いらしいのですが、さまざまな免疫学的な異常を起こし、その結果、免疫系が本来攻撃しないはずの自身の身体を攻撃し始めるようになります。前述の合併症のみならず肺炎の成立過程でもこの免疫異常が少なからず関与していると考えられています。
診断は、咽頭拭い液や喀痰から、(1)マイコプラズマを培養する方法、(2)マイコプラズマの遺伝子を検出する方法、(3)蛍光抗体でマイコプラズマの成分(抗原)を検出する方法と、(4)血清中のマイコプラズマに対する抗体の有意な上昇や異常高値を検出する方法があります。(1)から(3)は特殊な研究機関でしかできない、健康保険が使えないなどの理由で一般には普及しておらず、(4)が広く用いられています。しかし、この方法では、感染初期には抗体価が低く、約2週間後の2度目の採血(ペア血清)で4倍以上の抗体価上昇を確認して初めて診断できる場合が多く、初期診断に適していません。最近は、発病早期に上昇するIgM抗体を約10分で検出する迅速診断キット(イムノカードマイコプラズマ抗体)が使えます。確かにペア血清よりは早く診断できますが、IgM抗体自体が発病後約1週間しないと血液中に充分出て来ないので、ある程度有用性は限られます。
治療は、マクロライド系やテトラサイクリン系抗生剤を第一選択薬として用います。重症例や、細菌感染の合併を疑う場合にはニューキノロン系抗菌薬を使うこともあります。これら抗生剤の投与期間は諸説あり、はっきり決まっていません。一般には7~14日間が多いようです。なお、我が国で最も繁用されているセフェム系抗生剤は、細菌の細胞壁合成を阻害するβラクタム系抗生剤の一つですが、前述しましたようにマイコプラズマには細胞壁がないので、セフェム系抗生剤は無効です。